2011年7月20日水曜日

稚児桜

ただいま、富士喜会は
11月13日の紀尾井ホールの演奏会「和の音いろ」へ向けて
胸をわくわくさせながら、稽古に励んでおります。
その中の一曲に稚児桜という曲があります。

写真はその名も稚児桜。
なんとも愛らしい花です。


邦楽は、江戸時代に、
三絃(三味線)と箏(琴)の合奏の曲がどんどん作られ、
発展していきました。
そして、幕末になりますと、
箏のみでの合奏曲が書かれる様になり、
明治に入りましても
箏の曲が多く作られていきました♪
今回は、そのような明治時代の筝(琴)の曲のお話です。


『稚児桜』

桜の花の様な稚児=牛若丸として、
曲のタイトルを「稚児桜」としています。
稚児とは、
寺院などで召し使われていた児童のことをいいます。
鞍馬の稚児であった牛若丸が成人して義経となるまでの話は、
昔からとても人気がありました。


情景が浮かび易い曲の歌詞は、
当時の小学校の教科書から採ったものでした。
この教科書の文章をヒントに、
菊武祥庭(1884~1954)が明治44年に作曲し、
当時、全国的に流行したとのこと(^^)


歌詞となっております文章には、、
牛若丸と弁慶の運命の出会いを中心に書かれています。


以下に歌詞をご紹介しますね。


鞍馬の寺の稚児桜  咲けや四海に馨るまで

昼は読経を勤むれど  

暮るれば習ふ太刀剣

思ふ源氏の再興を  天満宮に祈らんと  夜毎に渡る五条橋


笛の音高く 夜は静か

思ひもよらず傍(かた)へより  出でて遮る大法師


太刀を給えと呼ばはれば 

太刀が欲しくば寄りて取れ
    (※)


さらば取らんと打ち振るふ

薙刀つひに落とされて、

今ぞひたすら降参の、誠を表はす 武蔵坊


さては汝が弁慶か  牛若君にましますか


主従の契り深かりし

鏡は清し加茂の水

ここに書かれている

牛若丸は、昼は仏典を読み、夜は武芸を磨き、夜毎に源氏の再興を祈願していました。

いつものように、静かな夜空に 牛若丸が高らかに笛を吹いて五条橋にさしかかると、

行く手を遮る大法師が現れて、太刀を もらいたいという。

牛若丸が「太刀が欲しければ腕づくで取っていけ」と答え、

牛若丸と大法師(弁慶)の立ち回りを箏で表現した合奏が奏でられます(※の部分)

立ち回りの場面では、

「地(じ)」という、同じパターンを繰り返す奏法で弾く箏が入ります。

左手と右手で「ツルシャン ツルシャン……」と繰り返すのですが、

その軽やかな音色は、五条橋の欄干を「ひらりひらり」と跳び歩く、

牛若丸の様子を表現しています♪♪



この「ツルシャン」の「地(じ)」の様に、

右手で「ツル」と弾いて、左手で「シャン」と和音を弾く「地(じ)」は、

明治の箏曲から誕生しました。

この「地」のもともとは「巣籠地」といって、

胡弓曲の「鶴の巣籠」という曲に由来して出来たもので、

「ツルテン ツルテン……」と繰り返す型が元となっています。

「鶴(ツル)」は、「松」に「巣を作る」ので、

「ツルテン ツルテン……」の「巣籠地」は、

曲の中の「松」が出てくる箇所や、

「松竹梅」の様な「松」が織り込まれている曲…などに使われます

お箏の演奏を聴く機会に、
このような「地」を使った曲に巡り合えるかもしれません


★名古屋系の流れを組む『稚児桜』では、文章の様な「地」と「本手」の合奏ですが、
 大阪系の流れを組む『稚児桜』では、「地」ではなく、箏の3部合奏として曲が作られています

鞍馬寺